<横浜地方裁判所 平成20年1月16日判決>
三菱自動車製大型車のクラッチ系統の欠陥で2002年に山口県で起きた死亡事故をめぐり、横浜地裁は、業務上過失致死罪で起訴されていた三菱自動車の元社長ら元役員4人に対し、有罪判決を言い渡した事例。

要旨 毎日新聞平成20年1月17日付朝刊参照)
1 ? 二重管理と指示改修
 三菱自動車は、1977年ごろから、リコールを多く出せば会社のイメージを損なうのみならず費用もかさむなどの理由から、販売会社等から送られてくる商品情報連絡書(商連書)で入手した不具合情報について、運輸省(当時)に報告するものと、リコール(回収・無償修理)相当案件を中心秘匿するものとに区別して「二重管理」することが慣行化した。
 このような秘匿にかかるリコール相当の不具合について、リコール等の届け出をせず「指示改修」と称し、販売会社に直接指示して、修理や車検などで入庫した機会に点検や改修を行ったり、大口のユーザーを個別に呼び込んで改修を行ったりしていた。指示改修は極めて不十分な安全対策であった。
2 ? 本件不具合
 本件不具合は設計・製造上の要因に基づき、大型貨物自動車のクラッチハウジングに亀裂が発生し、最悪の場合、火災や重大事故を起こす恐れがある。
 本件不具合は1990年6月ごろ〜2000年6月、多数発生した。1996年には三菱自動車元品質・技術副本部長の中神達郎被告(65)=当時品質保証部長=が主宰する「リコール検討会」で、本件不具合をリコールせず指示改修で対応することが決定された。
 元副社長の村田有造被告(70)=当時東京自動車制作所長=はリコール検討会の説明を受け、費用削減のため、さらに対象を限定して改修するよう提案した。元副社長で三菱ふそう元会長の宇佐美隆被告(67)も類似の不具合が発生していることなどを古くから知っていた。
3 ? 2000年問題
 運輸省は2000年6月下旬、内部告発を受け、同7月5〜6日、品質保証部の抜ち打ち立ち入り検査を行った。
 中神被告は同7月7日、河添被告に二重管理が発覚したことを報告した。河添被告は以後情報隠しをしないよう指示した。同日、中神被告は運輸省を訪問して謝罪し、運輸省からリコール届け出が必要な不具合を届け出るように指示された。
 同日、品質保証部で中神被告らは基本的には1998年4月からの不具合情報から安全性にかかわるものを選別する作業を行うことや、乗用車部門と同じ歩調で進めていくことを決めた。宇佐美被告はトラック・バス部門も乗用車部門と同じ歩調で取り組むよう要請され了承し、トラック・バス部門に運輸省対応についれは中神被告の指示に従うよう命じた。
 中神被告らは運輸省に対し商連書による情報管理システムの切り替えが1998年4月にあったことにかこつけ「それ以前のデータについては商連書のイメージデータ(デジタル画像)が無いため、調査に時間がかかり大変である」などと虚偽説明をする方針を決定し、2000年7月10日、運輸省でその旨説明した。中神被告は同日、不具合抽出基準を了承し、この結果、本性不具合は選別されなかった。
 村田、宇佐美両被告は同13日、運輸省届け出案件について、幹部会議で了承した。河添被告は同日、海外出張から帰国し、届け出案件に加え、98年4月以降の不具合情報から、リコール相当案件があることについて説明を受け、了承した。
 2000年7月14日、河添、中神両被告らが運輸省に赴き「抜け落ちがありましたら改めてご報告します」と述べ、中神被告らがその後、運輸省に「1998年3月以前のデータは分析は難しい」と事実と異なる説明をした。村田被告は同17日ごろ、うその説明がなされたことを知った。
 2000年7月26日の第1次リコール届け出に本件不具合は届け出られなかった。運輸省から「リコール届け出を怠っている違法な案件は無いか」と聞かれたが、中神被告は1998年3月以前分は運輸省から要求がない限り開示しないという方針を決め、村田、河添両被告の証人を得た。2000年8月11日、村田、宇佐美両被告が出席した会議で結果が報告された。
 2000年8月22日、運輸省に第2次リコールを届け出て、指示改修を中止した。以後、リコール対象にならなかったものについては放置されることになった。
4  検察官は「4被告が相図り虚偽報告した」と主張するが、部下が2000年7月10日、運輸省に虚偽報告したことは認められるが、被告らが指示した事実は認められない。しかし、後日虚偽報告を知らされたことは認められる。
 上記のような事実関係から業務上過失致死罪の成立は明らかである。弁護人は宇佐美、中神両被告について「正犯性を有していない」と主張するが、職務権限を有していたのは明らかである。河添被告について予見可能性がないと主張するが、業務上過失致死罪成立には致死の結果が生じるかもしれない程度の予見可能性があれば足りる。村田、中神両被告についても予見可能性が無いと主張するが、指示改修の実情に照らせば到底採用できない。
 弁護人は「宇佐美被告はリコールしなけければならない不具合は指示改修で対応している認識はなかった」と主張するが、捜査段階の供述に照らせば採用できない。「宇佐美被告が本件不具合を知らなかったので予見可能性がない」とも主張するが、本件不具合について、指示改修で対応していたとの認識を未必的に抱いていた。リコールすべき案件であるということさえ承知していれば結果の予見は可能だった。
 河添被告は1998年3月以前の指示改修案件についてリコール届け出を部下に検討させておらず、他の被告も河添被告に具申することなく放置していたから、4被告とも結果回避義務を果たしていないのは明らかである。
 本件事故が本件不具合によって発生したこと、本件不具合についてリコール等の改善措置が取られれば事故が発生しなかったのだから因果関係も明らか。
5 量刑の理由
 三菱自では、経費節約とブランドイメージを守る目的で、長年にわたり運輸省に不具合の一部を秘匿しリコール相当案件について、安全対策上極めて不十分な闇回収を行って糊塗(こと)していた。
 河添被告は代表者として自覚に欠けた無責任な態度で本件に及んだ。他の3被告は、本件不具合の危険性を十分認識しながら、長年にわたる隠ぺい体質を打破しようと積極的な気持ちを持たず、2000年問題が発生した際も、部下や上位者が決定した方針を安易に了承するという無責任な態度で本件に及んだのであって(4被告とも)経緯、動機に酌むべき事情はない。
 被害者は妻と幸せな家族を築き、3人の息子を育て将来を楽しみにしていたのに、わずか39歳で落命したのであり無念さは察するに余りある。また一家の大黒柱であり、最愛の夫、父親を失った妻子の嘆きは深いのみならず、被害者の責任によって事故が起きたとして被害者の勤務先から損害賠償を請求され、経済的困難にも追い込まれるなどしたのであって、その処罰感情が峻烈であるのも当然である。
 それなのに、被告らは公判で種々不合理な弁解を弄して事実を否認する旨の供述をするなど、真摯な反省の態度を示していない。
 被告らの刑事責任を軽視することはできないが、河添被告は本件不具合についての認識が全く無かったこと、宇佐美被告については関与が他の被告よりも希薄であること、村田、中神の両被告は遺族との間で示談を調えていること、捜査段階でいずれも事実を認める旨の供述をしていたことなどの事情も総合考慮した。


<札幌方裁判所 平成14年11月22日判決(判例時報1824号90頁)>
三菱自工が三菱車の欠陥というよりも運転の方法に問題があると争った事例において、運転者の過失を認めず、「本件事故を惹起した最大の原因は、本件車両のワックスレバーが破断して、エンジンが高回転を続けるような状態が一定時間持続するなど、異常事態によることが明らかである」とした事例。

1 被告三菱自動車工業株式会社は、原告Aに対し、228万8150円及びこれに対する平成12年4月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告Aのその余の請求を棄却する。
3 原告Bの請求を棄却する。
4
5

第1 原告らの請求
1
 被告らは、原告Aに対し、連帯して971万4229円及びこれに対する平成12年月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2
 被告らは、原告Bに対し、連帯して971万4229円及びこれに対する平成12年4月20日から支払済みまで年5分の割合による金員支払え。

第2
事業の概要
1 前提事実(争いのない事実並びに証拠(略)により容易に認められる事実)
(1) 当事者
 被告三菱自動車工業株式会社(以下「被告三菱自工」という。)は、自動車及びその構成部分、交換部分並びに付属品の開発、設計、製造、組立、売買、輸出入その他の取引業を目的とする株式会社であり、自家用普通乗用自動車(札幌(番号略)、デリカ・スペースギア、車体番号(略)。以下「本件車両」という。)を製造した製造業者である。
 被告北海道三菱自動車販売株式会社(以下「被告北海道三菱自販」という。)は各種自動車の販売等を目的とする株式会社であり、本件車両を販売した者である。同被告の全被告は、被告三菱自工がこれを保有している。

A (以下「原告A」という。)は、後記(2)の事故発生当時、本件車両を運転していた者である。
B (以下「原告B」という。)は、原告Aの妻であり、後記の事故発生当時、本件車両の助手席に同乗していた者である。
(2) 事故(以下「本件事故」という。)の発生
発生日時 平成12年4月20日午後7時50分ころ
発生場所 北海道山越郡長万部町字花岡付近の国道5号線(片側1車線)上
事故車両 原告Aが運転する本件車両
事故様態 原告Aは、函館から札幌方面へ向けて本件車両を運行し、先行者車2台を追い越すために加速し、対向車線に出追越しを行ったところ、本件車両のアクセルバーが全開状態となる等の異常が発生した。その後、本件車両は、安全性を失いながら減速し、最終的には進行方向と逆向きの形になったところで、折から対向してきた大型車両と衝突するに至った。
(3) 製造物の欠陥
 本件事件当時、本件車両の噴射ポンプ(エンジンのシリンダー内の燃焼室に燃料を噴射するためのもの。)のワックスレバー部分が、追越しの際に破断するなど、当該部分が通常有する安全性に欠けていた。ワッックスレバーの破断により、燃焼室での燃焼噴射量を制御するアクセルバーがほぼ全開状態となり、エンジンの回転が高回転になるに至った。
(4) 責任原因
 被告三菱自工は、本件車両の製造業者として、製造物責任法3条に基づき、本件事故により生じた損害を賠償する責任がある。
2 争点
(1) 過失相殺
(2) 損害額
(3) 被告北海道三菱自販が製造物責任法3条に基づく損害賠償責任を負うか(同被告が同法2条3項3号に定める実質的な製造業者に当たるか)。
  争点に関する双方の主張
(1) 過失相殺について
(被告らの主張)
 原告Aは、対向車が迫ってきているにもかかわらず、安易に判断して 衝突前の走行速度ないし走行距離に関する原告主張や、ワックスレバー破断後のアクセルレバーの開度等を前提に、本件車両の客観的性能等を踏まえて勘案すると、原告Aが追越しを開始する段階において、既に本件車両が法定速度をはるかに超えて高速走行(時速130キロメトール程度)していた事実が窺われる。また、エンジンが高回転になったとしても、適切なブレーキ操作及びセレクターレバーの操作をすれば十分減速できたにもかかわらず、原告Aは、セレクターレバーをバックに入れる等の不適切な運転操作をしたために、本件車両を制御することができなくなったものである。したがって、相当程度の過失相殺がされるべきである。
(原告らの主張)
エンジンが高回転にならなければ、十分に先行車両2台を追越すことができたのであるから、原告Aの追越し行為自体に過失はない。また、高回転になった後、原告Aは、ブレーキを3、4回踏んだが、全く減速せず、とっさにレバーをニュートラルに入れようとして、バックに入ったところ、急激に減速した。エンジン全開後の非常時における運転操作について責められるべき理由は全くない。
(2) 損害額について
(原告らの主張)
原告らに生じた個々の損害の項目及びに金額等については、判断中(第3の2項)に適宜記載した。
(被告らの主張)
不知ないし争う。 
(3) 被告北海道三菱自販の製造物責任について
(原告らの主張)
  被告北海道三菱自販は、被告三菱自工の製造する自動車の北海道における販売を専属的に引き受けており、被告三菱自工の100%子会社であり、三菱という名称において共通し、パンフレットにおいて被告北海道三菱自販の名称が大きく記載されている。
こうした、被告北海道三菱自販における販売形態や製造業者との組織的な関係、製品に付された表示全体の内容及び様態等に照らせば、同被告は、製造物責任法2条3項3号に定める「販売に係る形態その他の事情からみて、当該製造物にその実質的な製造業者と認めることができる氏名等の表示をした者」と言うことができる。
(被告北海道三菱自販の主張)
製造物責任法2条3項3号に該当するためには、販売者と表示していても当該表示者が当該製造物の製造者として社会的に認知されている者であるとか、製造等の実情から考えて実質的な製造者をいうものと理解されている。一般的に、自動車の販売会社が全国各地に存在しており、販売のみを行っていることは周知の事実であるから、社会的に製造者として認知されているわけではないし、また、製造及び加工等の実情から考えても実質的な製造者とは言えない。したがって、被告北海道三菱自販が製造物責任を負うことはない。

第3
  過失相殺について
 証拠(略)によれば、原告Aが本件車両を運転して先行車両2台を追越しをほぼ終了しかけたところで、車両の急加速等の異変を感じたこと、その後、直ちに、ブレーキ及びアクセルボタンを踏んだが、一向に減速しなかったこと、引き続きセレクターをニュートラルに入れようとしてバックに入ってしまったところ、急激に減速し始めたこと、更に蛇行を続け、車両の向きが逆向きになって後方に進んだところで、対向車両と衝突したことなどの事実を認めることができる。
以上の事実関係のほか、関係証拠によっても、原告Aにおいて、法定速度を大幅に超える速度で追越しを開始したとか、無謀な追越し行為を行ったなどの事実は認めることができない。確かに、車両性能をもとにした上記被告らの分析自体については、特に不自然な点は認められないものの、分析の基礎となっている対向車両運転手の供述内容(前方100メートル以上先で、本件車両が追越しをしかけているのを見たという供述部分。)については、本件車両との距離ないし衝突までの時間的な関係等の面において、原告ら本人供述によって窺われる上記一連の事実経緯にそぐわない面もあり、直ちに信用することができないものと言うほかない。
 また、本件事故を惹起した最大の原因は、本件車両のワックスレバーが破断して、エンジンが高回転を続けるような状態が一定時間持続するなど、異常事態の発生によることが明らかであると言い得るところ、まさにこうした非常事態に直面した原告Aにおいて、上記のような運転操作をしたからといって、それがとりたてて不適切であったとは言えないし、それが相当程度を割合で損害の発生に結び付いていることを示す事情というのも特段窺われない。
よって、過失相殺に関する被告らの主張は、理由がない。

2 損害額について
(1) 原告Aの損害について
代車使用料 (原告の請求 78万7500円) 15万円
 本件の諸事情を考慮の上、本件事故と相当因果関係を有する代車使用料としては15万円(1日5000円として30日程度)と認めるのが相当である。 
車両代金 (原告の請求 151万円) 151万円
 本件車両の全損代金151万円を損害として認める。
平成12年度の自動車税 (原告の請求 4万8700円) 0円
 関係証拠を精査しても、本件事故と相当因果関係がある損害とは認められない。
自動車廃棄手数料 (原告の請求 4万5250円)4万5150円
 本件車両の廃棄に要した費用4万5150円を本件事故と相当因果関係のある損害として認める。
交通費 (原告の請求 1500円) 0円
 関係証拠を精査しても、本件事故と相当因果関係がある損害とは認められない。
糊付機 (原告の請求 44万600円) 9万円
 証拠(略)によれば、本件車両に積載していた糊付機が破損した事実を認めることができる。ただし、証拠上、同糊付機の破損の程度や本件事故当時の時価等は不明であると言わざる得ないので、諸般の以上を総合考慮の上、定価の約2割程度に相当する9万円をもって、本件事故と相当因果関係のある損害と認めるべきである。
休業損害 (原告の請求 20万3268円) 0円
 関係証拠を精査しても、本件事故と相当因果関係がある損害とは認められない。
レッカー代 (原告の請求 24万円) 24万円
 本件車両のレッカー代24万円を本件事故と相当因果関係がある損害として認める。
駐車場代 (原告の請求 4万5000円) 4万5000円
 本件車両をレッカー移動後、被告らによる検査までに要した駐車場代4万5000円を本件事故と相当因果関係がある損害として認める。
慰謝料 (原告の請求 500万円) 0円
 原告Aは、本件事故の様態及び程度等に照らし、独立の精神的損害を被ったと主張しているが、関係証拠を精査しても、以上に記載した各損害の填補とは別途に独立して精神的損害を認めるに足りる事情は、なんら窺われないと言うべきである。
弁護士費用 (原告の請求 138万7111円) 20万8000円
 本訴訟の難易度、審理の経過、許容額、その他本件において認められる諸事情を考慮の上、本件事故と相当因果関係のあると認められる弁護士費用相当額が、20万8000円である。
 以上、原告Aが被った損害額の合計は228万8150円である。
(2) 原告Bの損害について
慰謝料 (原告の請求 500万円) 0円
原告Bも、原告A同様に慰謝料を請求しているが、これについて理由がないと認められることは、既に判断したとおりである。
弁護士費用 (原告の請求 83万20円)0円
損害が生じているとは認められない。
被告北海道三菱自販の製造物責任ついて
 原告が主張する緒事情を勘案しても、本件において、被告北海道三菱自販が本件車両の実質的な製造業者(製造物責任法2条3項3号)に該当すると認めるに足りる証拠は、何ら存じないと言うべきである。
 したがって、この点に関する原告らの主張は、理由がない。

第4 結論
以上のとおり、原告Aの請求は、主文1項の限度で理由があり、原告Bの請求に理由がないので、主文のとおり判決する。

                   
 (裁判官 佐伯 恒治) 
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